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横浜地方裁判所 昭和48年(ワ)1199号 判決

主文

一  被告戸辺和洋、被告寺澤覺二は各自、原告に対し金四三一三万八五六〇円と内金四一一三万八五六〇円につき昭和四八年八月三〇日から、内金二〇〇万円につき昭和五三年一二月二七日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告戸辺和洋、被告寺澤覺二に対するその余の請求及び被告神奈川県に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告戸辺和洋、被告寺澤覺二との間に生じた分は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告戸辺和洋、被告寺澤覺二の負担とし、原告と被告神奈川県との間に生じた分はすべて原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金六七四九万六四五二円とこれに対する昭和四八年八月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告寺澤覺二

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告神奈川県

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和四六年二月一二日午後一一時四〇分頃

(二) 発生場所 神奈川県藤沢市城南四丁目一番二一号先道路上(国道一号線上)

(三) 加害車 普通乗用自動車(横浜5む四三九三、車台番号RT七六―一〇三二八〇)

(四) 運転者 被告戸辺和洋

(五) 被害者 原告

(六) 態様 被告戸辺が本件事故現場において加害車を原告に衝突させた。

(七) 事故の結果

(1) 受傷内容 左大腿骨骨折、左肩甲骨骨折

(2) 治療経過 原告は本件事故による傷害治療のため別表記載のとおり入、通院した。

(3) 後遺障害 原告は、本件事故による左腕神経叢麻痺により、左上肢の用を廃してしまつた。すなわち、左肩は肩甲、上腕の運動機能を失い左肘はわずかに屈曲力があるだけで、左手関節は背屈位腱性固定し、左手指は、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ指の中手指関節の強い拘縮により運動機能を失い、以上の運動機能回復の見込は全くない。これは少くとも自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)施行令別表等級五級の四に該当する後遺障害である。又、左下肢は四・五センチメートル短縮した。これは少くとも右施行令別表等級一〇級の七に該当する後遺障害である。右施行令別表等級一三級以上に該当する後遺障害が二以上ある場合には、重い後遺障害を一級繰り上げることとなるので、原告の後遺障害等級は四級となる。従つて、原告は本件事故により労働能力を九二パーセント喪失した。

2  責任

(一) 被告戸辺

(1) 被告戸辺は、酒酔運転の過失により、本件事故現場で直前に発生した交通事故(以下、別件事故現場で直前に発生した交通事故(以下、別件事故という。)の実況見分に立会中の原告に気付かず、加害車を原告に衝突させ原告に前記傷害を負わせたものであり、民法七〇九条による責任がある。

(2) 被告戸辺は、被告寺澤覺二よりその所有する加害車を借り受け自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

(二) 被告寺澤

被告寺澤は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

(三) 被告神奈川県

被告神奈川県は、地方公共団体であり、訴外中山佐藤巡査部長、同成田昭士巡査部長、同三枝木藤三巡査長、同小池英雄巡査長(以下、単に中山、成田、三枝木、小池という。)は、被告神奈川県藤沢警察署交通課所属の警察官であるところ、右中山他三名は警察官として職務を執行中、後記の過失によつて本件事故を発生させたものであるから、被告神奈川県には国家賠償法一条による責任がある。

すなわち

(1) 中山、成田、三枝木、小池は、藤沢警察署の交通事故処理班として、昭和四六年二月一二日午後一〇時二五分頃本件事故現場附近で発生した別件事故の連絡を受け直ちに事故処理車で現場に急行し午後一一時三〇分頃現場に到着した。

別件事故は、本件事故現場附近の通称城交差点(以下、本件交差点という。)において対向車線を進行してきて突然右折をした訴外伊藤博運転の軽四輪自動車に走行を妨害された原告運転の普通乗用自動車が衝突を避けるため転把したところスリツプし、右折のため本件交差点手前一時停止線附近のセンターライン上に停止していた訴外田中義一運転の普通貨物自動車に衝突した事故である。

(2)

(イ) そこで、中山が別件事故実況見分の指揮を執り、道路下り車線を閉鎖し上り車線片側一方通行で交通整理を実施することとし、安全処置として戸塚方面には事故処理車を置き、セーフテイコーンと誘導板(進路変更の矢印の標識)及びセーフテイガードを配置し、三枝木を交通整理にあて、用田から辻堂駅に至る道路の交通整理には外勤の巡査一名をあて、茅ケ崎方面の交通整理は成田に依頼した。又、小池には、先に到着していたパトロールカーが本件交差点東側辻堂寄りに停車して本署に別件事故を報告中であつたので、右報告が終り次第茅ケ崎方面の交通整理にあたるよう指示を与えた。

(ロ) そして、中山は、訴外伊藤博、同田中義一、原告を本件交差点に入れ実況見分を開始し、本件交差点の戸塚寄りセンターライン附近で、原告らから右折車との衝突場所について指示説明を求めた。この時、茅ケ崎方面の交通整理を依頼された成田は、茅ケ崎方面に標識を置きに行く途中であり、同方面の交通整理はまだ開始されていなかつたところ、午後一一時四〇分頃、茅ケ崎方面から進行してきた被告戸辺運転の加害車が右実況見分中の原告、中山、訴外伊藤博に衝突し、本件事故となつた。

(3)

(イ) 本件事故現場は、国道一号線藤沢バイバス上で、幅員一五メートルの交通量の多い幹線道路上であり、夜間で雨天でもあるところから。中山には車道における実況見分を実施するに際して、上り車線を走行してくる自動車が実況見分実施中であることを充分確認できるよう茅ケ崎方面にセーフテイコーンを置いたり、パトロールカーを配置する等して万全の安全措置をとり、右措置が完了してから、右実況見分を開始すべき注意義務があつた。しかるに中山は、このような措置が完了したことの確認を怠り、前記のとおり一応の指示を与えたのみで、右安全措置が完了しない間に原告を危険な車道内に立ち入らせ、その結果、本件事故が惹起されたものであるから、同人に過失があるといわねばならない。

(ロ) 原告は別件事故の被害者として警察官の求めに応じ、実況見分のため危険な車道に立ち入り指示説明し、警察官の職務執行に協力していたのであるから、警察官は原告の安全を確保する上で通常の公務執行時より過重された万全の措置をとるべき注意義務を負わされていたというべきである。すなわち、中山らは、当時降雨によつて路面が濡れ、車両がスリツプしやすい状況にあつたので、右実況見分実施中にも反対車線の自動車が何らかのはずみでスリツプして本件事故現場に暴走してくることも予測すべきであるといえるのであるから現場に停車していたパトロールカーを茅ケ崎方面上り車線に配置し、仮令、安全運転義務に違反し進行してくる車両があつたとしても、その障害物となつて本件事故現場に車両が暴走してこないよう万全の措置をし、実況見分の指示説明をする原告の安全を確保する注意義務があつた。しかるに、中山が右注意義務を怠つたため、本件事故が惹起されたものといえる。

3  損害

(一) 治療費等 合計金二六八万九六六九円

(1) 治療費 金五三万二三〇九円

原告は次の治療費を支払つた。

(イ) 別府外科病院 金八万六七〇〇円

(ロ) 京浜総合病院 金四四万三六一二円

(ハ) 東京大学医学部附属病院 金一九九七円

(2) 附添看護費 金一九四万三七六〇円

原告の入院期間は、合計五三四日間であるが、この間母千代子、姉恵子、同佳子が交替で附添看護をした。ところで一日の附添看護費は家政婦の附添費用一日金三六四〇円と同額とみるべきであるから、右入院期間中の損害は合計金一九四万三七六〇円となる。

(3) 入院雑費 金二一万三六〇〇円

右入院期間中の入院雑費は一日金四〇〇円の割合で合計金二一万三六〇〇円となる。

(二) 休業損害 金二三八万六六六七円

原告は、本件事故当時、東京都杉並区和田二丁目一四番二号所在の新日本交通株式会社にタクシー乗務員として勤務し、本件事故直前の昭和四五年一〇月から同年一二月までの三か月間合計金三〇万二九八九円の給与を受けていたから、当時一か月金一〇万円を下らない収入があつた。ところが、原告は本件事故により昭和四六年二月一二日から昭和四八年二月九日まで入、通院を繰り返し勤務につくことができなかつたので、右期間二三か月と二六日間、少くとも月額金一〇万円の割合により合計金二三八万六六六七円の得べかりし収入を失い同額の損害を蒙つた。

(三) 後遺症による逸失利益 金四五九〇万六〇七五円

(1) 原告は、昭和一八年九月七日生れで、本件事故当時満二七歳の健康な男子であつたが、本件事故による後遺障害のため、その労働能力九二パーセントを喪失した。

(2) 原告は、昭和四八年二月九日満二九歳で病院を退院してから以後満六七歳まで三八年間就労が可能であるところ、本件事故発生時より昭和五三年の現時点に至るまでインフレーシヨンが進行し貨幣価値は下落するとともに名目賃金額は高騰しており、右は本件事故発生時においても予見可能であつたから、原告の逸失利益算出においては、昭和五一年以降につき現在判明している昭和五一年賃金センサスを基礎にして算定すべきである。

(3) そこで、昭和四八年から昭和五〇年までの三年間分について計算すると、原告は本件事故当時少くとも一か月金一〇万円の収入を得ていたが前記のとおりその労働能力九二パーセントを喪失したから、毎月金九万二〇〇〇円、年間で金一一〇万四〇〇〇円の損害を受けることになり、これをホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して後遺障害固定時における原告の逸失利益の現価を求めると金三〇一万五〇二四円となる。

1,104,000×2.731=3,015,024

(4) 次に、昭和五一年以降満六七歳まで(三五年間)の逸失利益を、昭和五一年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子全年齢平均給与額を基礎にして計算すると、きまつて支給する一か月分の現金給与額金一六万六三〇〇円、年間賞与その他特別給与額金五六万五〇〇円で、そのうち原告は毎年右金額の九二パーセントを喪失するから、前記(3)の計算方法により右三五年間分の逸失利益の本件後遺障害固定時における現価を求めると金四二八九万一〇五一円となる。

(166,300×12+560,500)×0.92×(20,970-2.731)=42,891,051

(5) 以上、原告の後遺症による逸失利益は合計金四五九〇万六〇七五円である。

(四) 慰藉料 合計金一四三〇万八〇〇〇円

(1) 傷害についての慰藉料 金四〇〇万八〇〇〇円

原告は、前記傷害の治療のため、別表記載のとおり入、通院を繰り返した(東京都立広尾病院で入、通院を繰り返しているのは、同病院には入院希望者が多く、ベツドがあかぬためであり、本来継続して入院しているべき期間である。)。右期間の慰藉料は入院期間一か月につき金二〇万円、通院期間一か月につき金七万円が相当であり、別表記載のとおり、入院期間は通算して五三四日(一七・八か月)であるから金三五六万円、通院期間は通算して一九三日(六・四か月)であるから金四四万八〇〇〇円となり、その合計は金四〇〇万八〇〇〇円である。

(2) 後遺症についての慰藉料 金一〇三〇万円

原告は、本件事故当時タクシーの運転手をしていたものであるが、本件事故による前記後遺障害のため自動車の運転はもはやできず、再就職の道は非常に困難であるばかりか、今後の日常生活においても、ことごとに不便を感じなければならない。現に、原告は生活保護を受けて細々と生活しているものである。以上の事情を考慮すると、前記後遺障害に対する慰藉料は金一〇三〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用

原告は、代理人弁護士福岡清、同小沼清敬に対し、本訴請求額の一割を報酬及び着手金合計として支払うことを約したところ、前記損害金合計金六五二九万四一一円から後記損害の填補金三九三万円を差引いた金六一三六万四一一円の一割は金六一三万六〇四一円となる。

4  損害の填補

原告は自賠責保険から金三九三万円の支払いを受け、損害金に充当した。

5  結論

よつて原告は被告らに対し各自金六七四九万六四五二円とこれに対する本件不法行為の日のあとである昭和四八年八月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告寺澤

(一) 請求原因1項(一)ないし(五)の事実は認める。同項(六)、(七)の事実は知らない。

(二) 同2項(一)(1)の事実は知らない。同項(一)(2)、(二)の事実は否認する。加害車は被告寺澤の所有ではなく、訴外高見建設株式会社が所有し、同社の営業用ジープとして使用していたものである。

(三) 同3、4項の事実は知らない。

2  被告神奈川県

(一) 請求原因1項(一)ないし(六)、同項(七)(1)の事実は認める。同項(七)(2)の事実は知らない。同項(七)(3)の事実は争う。

(二)

(1) 同2項(三)の冒頭のうち、被告神奈川県が地方公共団体であること、中山、成田、三枝木、小池が被告神奈川県所属の警察官で、その階級にあること、本件事故は右中山ら四名が警察官としての職務を執行中発生したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)(1)の事実は認める(伊藤博運転の軽四輪自動車と原告運転の普通乗用自動車との事故直前の距離は二〇メートルである。)。同(三)(2)(イ)の事実は認める。(ロ)の事実のうち中山が原告及び伊藤博から本件交差点戸塚寄センターライン附近で別件事故発生場所指示の説明を求めたことは認めるが、茅ケ崎方面の交通整理がまだ開始されていなかつたことは否認する。同(三)(3)(イ)の事実のうち本件事故現場が国道一号線藤沢バイパスの幅員一五メートルの道路上であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。(ロ)の事実は否認する。

(2) 被告神奈川県には、本件事故につき過失がなく、かつ、被告神奈川県の行為と本件事故との間には相当因果関係がないから、国家賠償法一条による責任はない。

すなわち、

(イ) 本件事故現場は、藤沢市城南四丁目一番二一号先国道一号線藤沢バイパス通称城交差点附近で、幅員一五メートル、高さ五センチメートルの中央分離帯のある舗装道路(戸塚方面から茅ケ崎方面に向つて緩い下り勾配である。)で、幅員八メートルの石川、辻堂駅間の道路と十字路をなし、交通信号機が設置されており、附近の制限速度は時速七〇キロメートルである。

(ロ) 中山、成田、小池、三枝木は、昭和四六年二月一二日午後一一時三〇分頃、別件事故の実況見分実施のため右現場に到着し、中山が指揮をとり、他の者にその附近を上り車線のみの一方通行とすることを命じ、三枝木には走行する自動車が多いと認められる戸塚方面の下り車線を事故処理車で閉鎖し中央附近にはセーフテイコーンを置くこと、成田には茅ケ崎方面の上り車線の、又、外勤、パトロールカー乗務員には本件交差点道路のそれぞれ交通整理にあたることを指示した。まもなく、それぞれ配置が完了し、下り車線は閉鎖され、茅ケ崎方面には四本のセーフテイコーンを七ないし八メートル間隔で置き、成田が交差点停止線附近において赤良燈で通行車の誘導を始めた。そこで中山は始めて辻堂駅側から藤沢バイパス路上の中央やや下り車線側に原告及び訴外伊藤博とともに入り同人らから指示説明を求めたが、その際上り車線の信号機の信号燈は赤色で、その停止線には大型貨物自動車を含め二、三台の自動車が停止していた。

(ハ) ところで、車両は道路の左側を通行しなければならず、又、法規上右側通行ができる事由がないのに、被告戸辺は酒気を帯び、無暴にも信号機の表示及び前方停止車両の存在を無視し時速約七〇キロメートルで上り車線から下り車線に入つて右側の車線を疾走し、かつ、前方注視、安全運転義務を怠つたため、原告らに接触、本件事故を発生させたものである。

(ニ) 以上の次第で、中山としては車両の交通整理のための配置を完了しこれを確認したうえ路上に出て捜査を開始したものであり、道路交通法の規定に違背し、かつ、前記状況を無視してあえて上り車線から下り車線に出て、しかも高速で疾走する車両のあることまでは通常考えられないことで、これにつき前記程度の交通整理の配置を不備であるとして中山に過失があるとすることはできないし、又、本件事故は前記のとおり被告戸辺の全面的過失によるもので、本件事故と中山の行為との間には相当因果関係もない。

(三) 同3項(一)ないし(四)の事実は争う。同項(五)の事実は知らない。

(四) 同4項の事実のうち、原告が自賠責保険から金五〇万円の支払を受け、原告の損害金に充当したことは認めるが、その余の原告の自賠責保険からの受領金については知らない。

第三被告戸辺の不出頭

被告戸辺は、第五回(昭和四九年一一月五日午前一一時)までの口頭弁論期日の呼出状の送達を受けながら第三回口頭弁論期日に出頭し、甲号証の一部の成立を認否をしただけで、その後、住居所不明となつたので、第八回口頭弁論期日(昭和五〇年五月二五日午前一〇時)以降公示送達による呼出を受けながらその後の口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

第四証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

1  原告と被告神奈川県との間では、請求原因1項(一)ないし(六)、同項(七)(1)の事実は争いがない。

2

(一)  原告と被告寺澤との間では同1項(一)ないし(五)の事実は争いがなく、原告と被告寺澤との間で同1項(六)の事実及び原告と被告戸辺との間で同1項(一)ないし(六)の事実は、右当事者間でいずれもその成立に争いのない甲第三、第四号証の各一、二、甲第一二号証、甲第一四ないし第二一号証、甲第二五号証を総合してこれを認めることができる。

(二)  原告と被告戸辺、被告寺澤との間で同1項(七)(1)の事実について判断する。

右当事者間で成立に争いのない甲第九号証、右(一)に掲げた各証拠、原告本人尋問の結果及び後記の別件事故の態様を総合すると、原告は、昭和四六年二月一二日午後一〇時二五分頃、普通乗用自動車を運転し、本件事故現場附近において対向車線を進行してきて突然右折をした訴外伊藤博運転の軽四輪自動車に走行を妨害され、これとの衝突を避けるため転把したところ本件事故現場附近のセンターライン上で右折のため停止していた訴外田中義一運転の普通貨物自動車の右前部に自車の右側後部を衝突させたが、右軽四輪自動車がそのまま走り去つて行くので、これを普通乗用自動車で追尾して追いつき、訴外伊藤博とともに再び本件事故現場へ戻り、訴外田中義一の連絡を受け現場に到着していた警察官、訴外伊藤博、同田中義一と事故処理を協議中原告が首の痛みに気付き人身事故として処理することになつたこと、ところが、原告が右別件事故の実況見分に立会い中本件事故に遭遇し、直ちに別府外科病院に収容され、その際左大腿骨骨折、左肩甲骨骨折、頭蓋骨亀裂骨折、前額部打撲裂創と診断されたことが認められる。

他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二  責任

1  被告戸辺

原告と右被告間で成立に争いのない甲第一号証の一、四、甲第七、第八号証、前記甲第三、第四号証の各一、二、甲第一二号証、甲第一四ないし第二一号証、甲第二五号証、証人中山佐蔵、同成田昭士、同小池英雄、同榎本次雄、同小沢利男の各証言、同田中義一の証言及び原告本人尋問の結果の各一部を総合すると、

被告戸辺は、昭和四六年二月一二日、勤務先の訴外高見建設株式会社の代表取締役社長である被告寺澤からその所有の加害車を借り受け私用のため運転し、その途中同日午後一〇時頃から一一時頃までの間飲食店で水割りウイスキーをコツプで約一〇杯飲み、約二〇分休息した後同日午後一一時二〇分頃加害車を運転して同店を出発し、国道一号線を戸塚方面へ南進したが、その際、自動車を運転する場合には常時眼鏡を用いるという免許条件を付されているにもかかわらず眼鏡を着用せず、同日午後一一時四〇分頃、藤沢市城南四丁目一番二一号先国道一号線藤沢バイパス上り車線を茅ケ崎方面から戸塚方面に向い前照燈を下向きにし時速約七〇キロメートルで進行中、運転開始前に飲んだ酒の酔いがまわつて前方注視が困難となり、ハンドル、ブレーキ等も正確に操作しがたい状態になつたのであるから、直ちに運転を中止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然、右状態のまま同一速度で運転を継続した過失により、折柄、本件事故現場の手前の本件交差点において別件事故の実況見分実施のため警察官が交通整理をし、本件交差点の自動信号機の停止(赤色)の信号燈に従い上り車線の停止線の手前中央分離帯寄りに大型貨物自動車を含む三台の自動車が停止し警察官の指示を受けていたにもかかわらず、このような状況を無視し、右停止中の自動車の右側方を追い越すにあたり運転を誤り、本件交差点の手前約四五メートルの地点で加害車を中央分離帯を越えて反対側の下り車線に暴走進入させ、そのまま、本件交差点を通過後本件事故現場の別紙見取図×(1)地点において別件事故の実況見分に立会つていた原告に自車前部を衝突させ、原告に前記傷害を負わせたことが認められる。

右認定に反する証人田中義一の証言及び原告本人尋問の結果の各一部は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実からすれば、被告戸辺は民法七〇九条に基づき、原告に対し本件事故による損害を賠償する責任があることは明らかといえる。

2  被告寺澤

前記甲第一九第二〇号証、原告と右被告間でいずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第四一ないし第四七号証、甲第五一、五二号証、原告本人尋問の結果によれば、被告寺澤は加害車を所有し自己のために運行の用に供していたことが認められる。

被告寺澤は、加害車が訴外高見建設株式会社の所有する自動車であると主張するが、右当事者間で成立に争いのない丙第一号証及び被告寺澤本人尋問の結果によつても、その事実を認めるに足りず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

従つて、被告寺澤は自賠法三条本文に基づき、原告に対し本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

3  被告神奈川県

被告神奈川県の国家賠償法一条に基づく責任の有無を判断する。

(一)  請求原因2項(三)(1)の事実、同項(三)(2)(イ)の事実、被告神奈川県が地方公共団体であり、中山、成田、三枝木、小池が神奈川県藤沢警察署所属の警察官でその階級にあり、本件事故が右中山らが警察官としての職務を執行中に発生した事故である事実、中山が原告及び訴外伊藤博から本件交差点戸塚寄りセンターライン附近で別件事故発生場所の指示説明を求めた事実、本件事故現場が国道一号線藤沢バイパスの幅員一五メートルの道路上である事実はいずれも原告と右被告間に争いがない。

(二)  右当事者間に争いのない事実に右当事者間で成立に争いのない甲第一号証の四、第三ないし第五号証の各一、二、甲第七、第八号証、甲第一一ないし第二一号証、甲第二五、第二九号証、証人中山佐蔵、同成田昭士、同小池英雄、同太田康雄、同榎本次雄、同小沢利男の各証言、同田中義一の証言及び原告本人尋問の結果の各一部を総合すると以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、藤沢市城南四丁目一番二一号先の地点で国道一号線藤沢バイパス上にあり、右国道一号線は本件事故現場附近では高さ五センチメートル、幅四〇センチメートルの中央分離帯により戸塚方面への上り車線と茅ケ崎方面への下り車線に区分された幅員一五メートルの南北に直線状に走るアスフアルト舗装道路で、戸塚方面(南)から茅ケ崎方面(北)へわずかに下り勾配となつており、上り車線、下り車線とも二車線で最高速度は時速七〇キロメートルに制限されこれに用田から辻堂駅に至る東西に走る幅員八メートルの道路が直角に交叉しており、右交差点は自動信号機によつて交通整理が行われている。

本件事故現場の位置、周囲の状況は別紙見取図のとおりである。

(2) 本件事故発生当時、夜間であつたが、本件事故現場附近の国道一号線は照明によつて約三〇〇メートル程見通しがきき、交通量は少く、路面は降雨のため濡れていた。

(3) 原告は、昭和四六年二月一二日午後一〇時二五分頃、茅ケ崎方面から戸塚方面へ向かつて普通乗用自動車を運転して国道一号線上り車線を進行し本件交差点手前まで進行したとき、対向する下り車線を進行してきて急に右折した訴外伊藤博運転の軽四輪自動車に走行を妨害され、右軽四輪自動車との衝突を避けるため右に転把したところ路面が濡れていたのでスリツプし、右折のため本件交差点南の一時停止線附近のセンターライン上で停止していた訴外田中義一運転の普通貨物自動車に衝突し別件事故を起した。別件事故発生後、右軽四輪自動車がそのまま走り去つて行くので原告は自車を運転してこれを追尾し追いつき、訴外伊藤博とともに午後一一時過ぎ頃本件事故現場附近へ戻り、訴外田中義一の連絡を受け本件事故現場に到着していた警察官、訴外伊藤博、同田中義一と事故処理を協議したが、原告が首の痛みを訴えたので、警察官は人身事故として処理することとし、藤沢警察署交通課事故処理班の出動を要請した。

(4)

(イ) 中山、成田、三枝木、小池は、被告神奈川県藤沢警察署交通課所属の警察官であるが、同日午後一一時二五分頃別件事故発生の連絡を受け交通事故処理班として事故処理車を運転して同日午後一一時三〇分頃、本件事故現場に到着した。

(ロ) 中山は巡査部長として別件事故の実況見分の指揮を執り、下り車線に赤色燈のついた事故処理車を配置して下り車線を閉鎖し、上り車線のみで上り、下りの車両を通行させることとし、交通を規制し、しかも、本件事故現場は用田から辻堂駅へ至る道路との十字型交差点であるから、国道一号線は信号機の信号燈が青色になつたときに上り方向への自動車と下り方向への自動車を交互に通行させる方法を採ることとした(これによると、下り方向の自動車は、事故処理車の手前で警察官の指図に従い、一旦、上り車線に進入し本件交差点を過ぎた地点で、再び、下り車線に戻つて通行することとなる。そこで、中山は成田、三枝木、小池に右交通整理の方法を指示するとともに、戸塚方面の交通整理を三枝木、茅ケ崎方面の交通整理を成田に命じ、本件交差点西の辻堂駅に至る道路北側に停止していた前記パトロールカーの警察官二名にはそれぞれ用田方面と辻堂駅方面の交通整理を指示し、小池には別件事故の実況見分実施の補助を命じた。

(ハ) 三枝木は、戸塚方面の交通整理のため、事故処理車を本件交差点南端から戸塚寄り約五〇メートルの下り車線中央に置き、赤色燈を回しながら下り車線を閉鎖し、事故処理車の近くに誘導板を置き、又、事故処理車から北に本件交差点に向け中央分離帯に沿つて約七ないし八メートル間隔で高さ一メートルの円錘形のセーフテイコーンを数箇置き、小池は、本件交差点から南の戸塚寄りに中央分離帯に沿つて数本、本件交差点北端から北の茅ケ崎寄りに約二〇メートルの間の中央分離帯に沿つて数本、それぞれ七ないし八メートル間隔でセーフテイコーンを置き、又、成田は茅ケ崎方面の交通整理のため、赤色燈と停止棒を所持して本件交差点北の上り車線の歩車道との境で横断歩道北端附近に位置した。その際、中山、成田、三枝木、小池は、それぞれ夜光塗料を塗つたヘルメツトをかぶり、ジヤンパーを着用し、又、誘導板、セーフテイガード、セーフテイコーンは、夜間でも自動車運転者が確認できる仕組になつていた。

(ニ) 中山は、成田、三枝木、小池が交通整理のための右準備を終了し、所定の位置につくまで、原告、訴外伊藤博、同田中義一らから本件交差点の北西角の空地で別件事故の事情聴取をしていたが、午後一一時三五分頃、右準備が終了したことを確認したのち、原告、訴外伊藤博、同田中義一とともに国道一号線上に入り、本件交差点南側横断歩道附近下り車線上で、まず田中車の位置を確かめ、更に、原告車、伊藤車の位置関係を確かめようとしていた。

その際、国道一号線の上下車線の信号機の信号燈は停止(赤色)で、右信号に従い本件交差点北の停止線手前中央分離帯寄りには大型貨物自動車を含む三台の自動車が停止しており、成田は、横断歩道附近の自動車に近付き赤色燈と停止棒で合図をし交通方法を指示し、次の自動車に同様の注意を与えようとしていた。

(5) そのとき、被告戸辺が、前記のとおり運転開始前に飲んだ酒の酔いのため前方注視困難となり、ハンドル、ブレーキ等も正確に操作しがたい状態のまま、前照灯を下向きに時速七〇キロメートルの速度で運転を継続した過失により警察官の交通整理、本件交差点の停止信号を無視し、停止中の自動車を追越すにあたり運転を誤り本件交差点の手前約四五メートルの地点で加害車を反対側の下り車線に暴走進入させ原告に衝突し傷害を負わせ、なお、別紙見取図×(2)点で中山、同×(3)点で訴外伊藤博に対してもそれぞれ衝突し、中山に加療三週間を要する右顔面挫創、右肘部打撲、右膝部打撲、右腎部打撲の傷害、訴外伊藤博に加療約二週間を要する左鼠蹊部挫傷、右足背挫傷の傷害を負わせた。被告戸辺は、ブレーキもかけず、そのまま進行し、運転を誤つて斜めに停止したところを午後一一時四五分、警察官に現行犯逮捕された。

被告戸辺は、同月一三日午前〇時五分、飲酒探知器によつて呼気中のアルコール濃度を調査され、呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコール分を保有していることが検知された。

以上の事実が認められ証人田中義一の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する各供述部分は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  一般に、交通事故が発生し、その実況見分実施のため、警察官が車両等の通行による危険が予測される道路等の事故現場で事故関係者、参考人等から事情を聴取し、指示説明を求める場合、警察官にこれらの事故関係者、参考人等の生命、身体に危険が及ぶことのないよう安全を確保すべき注意義務があることは多見を要しないところであるが、右認定からすると中山が前記のとおり、別件事故の実況見分を実施する国道一号線の下り車線を閉鎖し、上り車線のみで上り、下りの車両を通行させることとし誘導板、セーフテイガード、セーフテイコーンを置き、国道一号線を通行する自動車運転者に対し本件交差点附近の交通が規制されていることを周知させ、要所に交通整理のため交通事故処理班の警察官を配置した措置は、国道等車両の通行の激しい主要道路において、夜間、実況見分を実施する際に事情聴取、指示説明を求める事故関係者、参考人等の安全を確保するため通常の措置であつて、国道等主要道路において道交法の通行区分に違反し右側通行を敢えてし下り車線を通行する車両等があることまでも予想しなければならないというならば格別、そうでなければ、中山に、下り車線の別件事故の実況見分に立ち合つていた原告の安全の確保につき過失があつたとすることはできない。そして、仮令、通行区分に違反して道路の右側を通行する車両が絶無であるとすることはできないにしても、本件事故現場の北すなわち、加害車が進行してきた茅ケ崎寄りには信号機が設置されてある本件交差点があり、当時、停止信号であつたし、道路には前記のとおり高さ五センチメートル、幅四〇センチメートルの中央分離帯が設けられているのであるから、本件事故現場附近において、国道一号線を茅ケ崎方面から戸塚方面に向け進行する車両が右側の下り車線を、停止信号を無視してまでも通行すると予想しないからといつて、これを過失とすることは到底できない。又、中山以外の警察官について、特に、原告の安全確保に過失があつたとする具体的事実も認められない。

以上、被告神奈川県所属の警察官である中山らには、本件事故の発生につき過失があると認定することはできないから、原告の被告神奈川県に対する国家賠償法一条に基づく本件請求は理由がない。

三  損害

1  治療経過、後遺障害

前記甲第九号証、原告本人尋問の結果成立の認められる甲第三〇号証の一、甲第三二、第三四、第三六、第三七号証、甲第三九号証の一、二、甲第四〇号証、原告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

原告は本件事故による左肩甲骨骨折、左大腿骨骨折の治療のため別表記載のとおり入、通院し(東京都立広尾病院で入、通院を繰り返しているのは、同病院側の事情と原告が患部をギブスにより固定している間は特に入院治療を要しないためである。)、その間、左骨甲骨骨折を原因とする左腕神経叢麻痺による左上肢の回復治療、左大腿骨骨折を原因とする左大腿骨変形の矯正治療を受けたが、昭和四八年二月九日、右左腕神経叢麻痺により、左上肢の用を廃してしまつた。すなわち、左骨は肩甲、上腕の運動機能を失い、左肘はわずかに屈曲力があるだけで左手関節は背屈位腱性固定し、左手指は、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ指の中手指関節の強い拘縮により運動機能を失い、以上の運動機能回復の見込はない。又、左下肢は右治療の結果四・五センチメートル短縮した。原告は以上の後遺障害によつて従事する労働を軽作業に制限され、又、左下肢の跛行を防ぐために矯正靴を必要とする状態である。

以上の各後遺障害の部位、程度を総合すると原告の後遺障害は自賠法施行令別表四級に該当するものといえる。

2  治療費等 金一二二万六五〇九円

(一)  治療費 金五三万二三〇九円

原告本人尋問の結果成立の認められる甲第三〇号証の二、甲第三一号証の一ないし六、甲第三三号証の一、二によれば、請求原因3項(一)(1)の治療費金五三万二三〇九円の損害の発生を認めることができる。

(二)  附添看護婦 金五三万四〇〇〇円

原告が別府外科病院ほかに合計五三四日間入院したことは前認定のとおりであり、原告本人尋問の結果によれば、右入院期間中、原告の母、姉、妹の附添看護を受けたことが認められる。右附添看護費は一日当り金一〇〇〇円とするのが相当であるから、原告は右期間につき一日金一〇〇〇円の割合により附添看護費金五三万四〇〇〇円の損害を被つたものとすることができる。

(三)  入院雑費 金一六万二〇〇円

前認定のとおり、原告は合計五三四日間入院しており、この間原告が雑費の支出を余儀なくされたことは容易に推認できるところであり、右雑費は一日金三〇〇円とするのが相当であるから、原告は右入院期間につき一日金三〇〇円の割合により金一六万二〇〇円の損害を被つたものとすることができる。

3  休業損害 金二三八万六六六七円

前記1認定事実及び前記甲第二五号証、原告本人尋問の結果成立の認められる甲第三八号証、原告本人尋問の結果の一部によれば、原告は本件事故当時満二七歳(昭和一八年九月七日生)の男子で、東京都杉並区高円寺二丁目一番二一号所在の新運転高円寺支部に自動車運転手として勤務していたが、本件事故により昭和四六年二月一二日より昭和四八年二月九日まで二三か月と二六日間入、通院を繰り返しその間稼働することができなかつたこと、原告はそれ以前東京都杉並区和田二丁目一四番二号所在の新日本交通株式会社にタクシー乗務員として勤務し本件事故直前の昭和四五年一〇月から同年一二月同会社を退職するまでの三か月間合計金三〇万二九八九円の給与を受けていたことが認められる。

昭和四七年賃金センサス第一巻第二表の産業計、企業規模計、学歴計年齢別平均給与額によれば二九歳で一か月金一〇万八二七三円の収入を得ており、これに前記認定事実を照らし合わせると、原告は少くとも一か月金一〇万円の収入を得ていたとするのが相当であり、原告は右休業期間二三か月と二六日間少くとも金二三八万六六六七円の損害を被つたことになる。

4  後遺障害による逸失利益 金三六四五万五三八四円

前記1認定事実、前記甲第二五、第三八号証、原告本人の尋問の結果によれば、原告は昭和一八年九月七日生で本件事故当時満二七歳の健康な男子で自動車運転手として稼働していたものであるが、本件事故により前記の後遺障害を負い右後遺障害固定の昭和四八年二月九日から自動車運転手として稼働が可能であると考えられる五七歳に至るまでその稼働能力の九二パーセントを喪失し右状態が継続することが認められ、これにより原告は右後遺障害固定時の満二九歳から満五七歳に至るまで、毎年、原告の性別、年齢等に応じた平均賃金のうち九二パーセントを喪失し、同額の損害を被むるものといえる。

ところで、原告は、昭和四八年から昭和五〇年までの三年間についてその一か月の収入を金一〇万円を下らないものとして請求しているから、これを基礎にすでに発生した損害として三年間分の逸失利益を計算すると金三三一万二〇〇〇円となる。又、爾後五七歳まで(二五年間)の逸失利益については、その後の原告の年齢、地位等の変化による収入の増加を考慮すると、昭和五一年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子全年齢平均給与額を基礎にして計算するのが相当であり、これを基礎に右期間の逸失利益をライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除し現価に引直して計算すると次の算式のとおり金三三一四万三三八四円となる。

(166,300×12+560,500)×0.92×14.0939=33,143,384

5  慰藉料 金五〇〇万円

前記認定の原告の傷害及び後遺障害の部位、程度その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告の慰藉料としては金五〇〇万円が相当である。

四  損害の填補

原告は、本件事故に基づく損害につき、自賠責保険から金三九三万円を受領したことは自認するところであるから、これを四の2ないし5の損害に充当すると、被告戸辺、被告寺澤が賠償すべき損害額は金四一一三万八五六〇円となる。

五  弁護士費用

本件訴訟の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、被告戸辺、被告寺澤において負担すべき弁護士費用は金二〇〇万円をもつて相当とする。

六  結論

以上のとおり、原告の被告神奈川県に対する請求は、その余を判断するまでもなく理由がないから、失当として棄却すべく、原告の被告戸辺、被告寺澤に対する請求は、右被告両名に対し、各自、金四三一三万八五六〇円と内金四一一三万八五六〇円につき本件事故発生の後である昭和四八年八月三〇日から、内金二〇〇万円につき本訴判決の言渡しの日の翌日である昭和五三年一二月二七日からそれぞれ支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分につき理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄 菅原敏彦 豊永多門)

別表

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別紙 見取図

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